本日は高1古文の授業を行いました。
高1としては最後の授業ということで、実際の入試問題に挑戦!
生徒のみんな、いままで学んだことを活かして、問題を解きながら手ごたえを感じてくれていたようです。
主に大学受験英語を担当しているため、私のことを「学生の頃から英語が得意だった」と思っている生徒が多いのですが、高校時代、特に高1~高2のとき、私の英語の成績は目を覆うほどのものでした。。。
私が一番得意としたのは国語、特に古文でした!
と言っても、最初から古文が得意だったわけではありません。得意になるきっかけがあったのです。
中学のときに通っていた塾の先生も、高校で教えてくださった先生も、「古文は外国だと思って勉強しなさい」と言っておられました。
言われたとおりに、英文法を勉強するつもりで古文文法を学び、古文単語もとにかく意味を覚えようとしました。しかし、自分では「勉強している」と思っていたのに、成績は一向に伸びなかったのです。。。
古文が得意になるきっかけを与えてくださったのは、当時、受験国語界のご意見番のような存在でいらした国広功先生でした。
国広先生は大手予備校の古文講師で、東京の校舎に出講されていました。
私は衛星授業を通して、先生の教えを受けていたのです(いまのようにネットで授業を受けることができない時代。衛星中継で東京の講義が受講できるシステムがあったのです)。
衛星授業ですから、先生に直接質問はできません。質問したいときはFAXを使いました。
そこで私は先生に「外国語のように一から学ぶつもりで古文を勉強していますが、どうも思うように成績が伸びません。どうしたらよろしいですか?」とFAXを送りました。
すると、なんと!!!
先生は私が通っていた校舎にお電話をくださり、直接お答えくださったのです。
あの時の先生の、噛んで含めるような口調と、温かいお人柄が伝わるお声は今でも忘れられません。
「たんぼ君、自分の先祖たちが使っていた言葉を『外国語』だなんて、悲しいことを言わないでください。古文の中の言葉も、昔の人の考え方も、いまを生きる私たちにちゃんと受け継がれているのですよ」
当時17歳だった私には、まさに青天の霹靂でした。
古文はいまを生きる僕の中に受け継がれている!?
それから国広先生は、いくつもの例を挙げて、「この単語は現代語のこういう言葉に引き継がれている」「この文法はこういう形で現代語に残っている」などと説明をしてくださいました。
その日以来、私の古文を見る目(読む目)は180度変わりました。
古文の世界がとても身近に感じられるようになったのです。
そしてやがて、鴨長明が説く世の無常も、何かにつけて口うるさい清少納言と兼好法師の言い分も、紫式部が光源氏や葵上に託した想いも、文字を追うと自然と頭に入って来るようになったのです。
国広先生の教えを、私は今、一緒に勉強する生徒のみなさんに伝えようと、及ばずながら努力しています。決して外国語ではない、愛すべき私たちの母語としての古文を、共有したいと考えているのです。
その思いは、少しずつ生徒のみんなに伝わっているように思います。
学校の定期テストで古文の成績があがった、古文を読むのが嫌じゃなくなった、古文を読むのが楽しくなったと言ってくれる生徒がたくさんいるからです。
そんな生徒たちの声を聞くたび、国広先生のご恩に、ほんの少しだけですが報いることができているようで、嬉しく思っています。
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